社長の月刊ブログ

東宝ホーム社長 渡部 通です。
毎月2回のペースで更新しますので、ぜひ、お読み下さい。

平成22年2月28日  カレーライス

日本人の男性の好物の1位、2位にカレーライスはランクアップされていると思います。
私も大のカレー好きです。

今の家は2階にキッチン、ダイニング、リビングを造っていますので、
料理の匂いが1階にきません。
以前は、1階にキッチンがありましたので、
玄関を開けてとたん食欲をそそるカレーの匂いが出迎えてくれ、
玄関で『バンザ~イ』と叫んだものでした。
それから3日間は飽きることもなく、毎日カレー、カレーの幸せな食卓です。
2日目くらいが一番美味しく最高でした。

30歳代に身体を壊し、あまり油分の多い食事は控えるように
お医者様からの指導を受け、カレーライスも案外油分が多いことを告げられ、
控えるようになりました。
何日も続けてカレー、カレーというのは栄養学的には偏りすぎということで、
沢山作らなくなりました。
少ない量で作るカレーはあまり美味しくなく、
それならばと美味しいインスタント商品を試しました。
インスタントでも美味しいのはあり、
最近は近江牛のカレーをメインにしています。

2月13日が私の誕生日でした。
その日、家内が『今日はカレーライスよ。』と言ってくれました。
バースディプレゼントがカレーというのも、こっけいですが、
私にはこの上もないものでした。
家内の作るカレーは、工夫を重ねたのか、以前のように2日目が美味しいのではなく、
最初から美味しく最高です。(当然2日目も美味しい・・・)
久しぶり3日間連ちゃんでカレーづくしでした。
鍋に残った最後のカレーは、ご飯を入れ、混ぜて温めて全てたいらげました。

2月は社内旅行などもあり、
ブログアップが遅れましたので、23日、28日と間を置かずのブログになりました。
申し訳ありません。
私の誕生日風景をお伝えいたしました。

平成22年2月23日  伯 楽

バンクーバー冬季オリンピック開催中です。
日本がメダルを沢山取ってもらいたいと願っています。
世界で、1番、2番、3番だから相当すごいことです。
オリンピックに出ること自体すごいことなのに、第三者の手前勝手なわがままから、
メダルを取れなかったら、少し憤ってしまうこともあります。
選手にはたいへん申し訳ない感情が起きてしまう事があり、
後で『イカン、イカン。』と打ち消します。

先日、男子フィギャースケートで高橋大輔選手が銅メダルを取り、
織田選手が7位に入賞し、それぞれのインタビューがあっていました。
織田選手は靴紐が切れていたが、足の感覚が変わるといけないので、
それを結んで演技をし、途中で切れてしまい、大幅減点であった。
選手としては、悔やんでも悔やみきれない出来事だったと思います。
高橋選手も紐が切れそうで、それで演技しようと前夜考えていたそうですが、
コーチの長光さんが新しいのに取り替えていたという内容でした。
選手とコーチの一体感、以心同心的関係を感じました。
このインタビューを聞き、私はコーチの存在の大きさ、
コーチの姿勢で選手の成長が決定されるような気がいたしました。

伯楽とは、古代中国で馬の良し悪しを判定する人、それが上手い人と定義されています。
現代でいうコーチあるいは監督に当たるかもしれません。
水泳平泳ぎの北島選手の平井コーチ、シンクロナイズスイミングの井村コーチ、
ソフトボールの宇津木監督・・・これらの方は、名伯楽だと思います。
技術への探究心、メンタルトレーニング、そして選手との情熱的な一体感。
高橋選手のコーチ、長光さんも先述したコーチの方々と同じような名伯楽だと思います。
選手との情熱的な一体感を靴紐の話で感じました。
夏でも、冬でもオリンピックには感動的なドラマがあります。
そのような話を聞くたびに、後輩たちを良き方向へ導かねば・・・思ってしまいます。

平成22年1月26日 坂の上の雲

私共の年代で司馬遼太郎さんの影響を受けていない人はほとんど無い思います。
『竜馬が行く』に始まって、色々な作品に心躍らせ、考えさせられ、
いつの間にか人生的な影響を受けています。

今年は、NHKで、『坂の上の雲』と『龍馬伝』が放映されます。
どちらも私の故郷の四国松山に縁があるので興味を持っています。
特に『坂の上の雲』は家内にDVD録画をしてもらっています。
ドラマでは、秋山好古、真之兄弟、正岡子規が主役的な役柄を演じています。
この小説の中の登場人物は、本当に魅力的な人が多くあこがれてしまいます。
なぜそうなるのだろうか・・・?
明治という草創の時代そのものが、向上心と責任感が強い人物を創生したようにしか思えません。
草創の年代には必ずこのような人物が出るのだろうと思います。
逆にこのような人物が出てきたから、草創の年代が成功し、
次の年代を創り上げ、ていくのでしょう。
明治は、時代と人が合致した非常にリアケースであったような気がいたします。

『坂の上の雲』の中で一番好きな人物は『児玉源太郎』です。
乃木希典の親友であり、日露戦争時の満州軍参謀総長。
陸軍大臣を自ら降格して、参謀総長を務めた人物。
彼の状況を観る眼の確かさ、対応の素早さ、大胆さ、発想の斬新さ、友情・・・
ドラマでは、高橋英樹が演じるそうですが、
私の把握している実像とは違っているような気がしています。
しかし、私が児玉源太郎の近くにいたわけじゃないので、私の中で勝手な空想かもしれません。
数ヶ月前、菅財務担当大臣が尊敬する人物に『児玉源太郎』を上げていたのをニュースで見ました。
それから、菅財務大臣の言動が気になり始めました。
尊敬する人物が同じということは、価値観が似ていると解釈しています。
菅氏は政治、私は経済に身を置いており、分野が違いますが、
同じような考え、同じような手法を採るのではないかと興味津々です。



平成22年1月10日   ウサギと亀

新年明けましておめでとうございます。
夢と希望に満ち溢れた初春をお迎えのことと存じ上げます。

年末はほとんど郷里の松山市に帰省するか、どこかに旅行に行っているのですが、
今年は小倉の自宅で日常の延長線のような初春を迎えました。
朝ごはんが雑煮で、神社に初詣に行ったことが違うくらいのいたって平凡なお正月でした。

私たち夫婦に子供が出来なかったものですから、一般家庭のように子供や孫の実
家帰省というものがありません。
正月の遊びやゲームで笑い声で家の中が一杯になることもなく、
静かな、静かな我が家でした。
子供の頃の我が家は、今から想うと非常に正月らしい雰囲気で、子供たちやその
友人の笑い声で一杯でした。もう一度あのような体験をしたいと懐かしく思い出されます。

1月5日が仕事始めでした。
社員全員で神社にお参りに行き、午後から全社員が一堂に会して、
今年の目標をそれぞれ発表いたしました。
皆、意欲的な目標を掲げてくれ、社長としては頼もしいかぎりです。
ただ、この目標が年末には反省だけにならないように頑張って欲しいものです。
出来るだけ優先順位の高い順に集中して努力し、達成する事を願っています。

会社説明会などで就職活動をしている学生によくする話があります。
『ウサギと亀』の話です。
私 :『ウサギと亀が競争してどちらが勝ったの?』
学生:『亀です。』
私 :『なぜ、ウサギは亀に負けたの?』
学生:『亀が遅いから居眠りしました。油断したんです。』
私 :『その通り、現象面では正解。しかし、そのような行動を起こさせた真の原因は?』
学生:『・・・・・』
私 :『ウサギと亀はあの山の頂上までどちらが先に到着するか競争しようと言ってスタ
    ートしました。』
   『そのうちウサギは亀の足がのろいので楽勝と思って気を抜き、居眠りをしました。』
   『亀は足はのろいが一生懸命目標を見続けて歩きました。』
   『亀は目標を見続けて歩いた。ウサギは目標を見ずに亀を見た。』
   『ここに勝負の真の原因がある。目標を見続けて仕事をする。足ののろい亀も空を
    飛べる亀になるかもしれない、ガメラのように・・・』
   『仕事のできる人間になるということのまず第一は目標を見続けること、そして創意
   工夫を重ねること』

このような話をいたします。
私どもの社員もこの一年、一番優先順位の高い目標を見続け、創意工夫をしてもらうことを願っています。

平成21年12月27日  何事も受けて立つ身の不動心

本年はたいへんお世話になりありがとうございました。

今年も色々な出来事があり、解決できたのも、持ち越したのもありました。
しかし、全般的には『良い年であった。最高!!』という言葉で締めくくります。
毎年、毎年、同じです。
おおよそ人間のする事には解決できないものはないという、非常に楽天的な考え方を持っています。
物事を行なう前に一応の仮説をたて、方法を考え、実行します。
ほとんどがチームでする仕事ですから、チーム内の意思統一に一番大きなエネルギを費やします。
うまくいかないと感じたときはすぐに軌道修正します。
このタイミングが早くなる傾向があり、周囲の人がとまどうという欠点がありますが、
とにかくスピード重視が私の信条です。

このようにして仕事をこなしてゆきます。
それでもどうしても解決できないことや予測を越えた出来事のため、
あたふたとすることもあります。
しかし、永年の経験から、思いどおり行かないのが人生、不幸な出来事は起きてから考える、
不安を先に取り込まないような思考をするようにしています。
中村天風氏の本に表題の『何事も受けて立つ身の不動心』という言葉があり、
この言葉に巡り合ってから、不安を先に取り込まないようになれました。
また、不安というのは考え方の方向を変えるlことでほとんど解決できる。
心の置き所ひとつで解決できると思っています。

来年も色々な出来事に遭遇して、貴重な経験を重ねると思います。
皆様にも助けられ、私どもも皆様のお役に立ち、すばらしい一年にしたいと思っています。
よろしくお願い申し上げます。
良き新年をお迎え下さいますよう心からお祈り申し上げます。

平成21年12月13日  試  す

今年も残すところ僅かになりました。
いつものことながら、光陰の速さには驚きます。

12月になると肌を切るような冷たさがあったものですが、
温暖化の影響なのか昔に比べるとそれほどの冷たさは感じません。
しかし、血管障害(脳卒中や心筋梗塞)で救急病院に搬送される救急患者数は
夏場より冬場の方が数段多いそうでこの時期の健康管理は重要です。
血圧の乱高下による異常事態の発生が多いとのことですので、
やはり冷たさが関係しているようです。

私の父親も平成9年1月31日に松山の実家で倒れ、意識不明のまま6月に亡くなりました。
2月5日が父親の誕生日だったものですから、
少し派手なセーターを誕生日プレゼントとして贈っていました。
それが着いた日の深夜に私への礼状を書き、封筒に入れ、トイレに立った時に倒れたようです。
「バタン」という音に家人が気付き、すぐ救急車にきてもらったそうです。
5ヶ月間心臓が動くだけで、意識は戻らず永遠の旅立ちをいたしました。
私へのお礼状が遺言書のようにコタツの上に置かれ、
内容はいつものように洒脱でウィットのきいた言葉がつづられていました。
まさか数分後に言葉を交わせなくなるなど思ってもみなかったと思います。
父親に反抗してきた私ですが、年を重ねるほど父親の気持ちや心情が分かるようになり、
元気でいてくれればもっと深い話ができたのに今でも残念です。

その2年前の平成7年1月14日、丁度阪神淡路大震災の3日前です。
私は、期待していた部下を突然死で失いました。
前夜の10時まで彼と仕事の話をして別れたあと
その深夜2時警察からの電話で彼の死を告げられすぐさま病院に行きました。
死因は、血管障害でした。
私と別れた後、一人でスナックに行き、唄い、笑い、楽しみ、
ラーメンを食べて帰ろうとして、そのラーメン屋さんで一口食べたあと、
突然椅子ごと後ろに倒れたそうです。
救急車が来た時すでに心臓停止だったそうです。
救急隊員の方が首の後ろ側の血管の収縮により、血液が回らなくなり、突然死をした。
スナックの暖かい所から冷たい外部に行った温度差が引き金になったと言っていました。
ここでも温度差が人の寿命を縮めたのです。
それからは寒い時には必ずマフラーなどで首を保護しないといけないと社員に伝えています。
彼は滋賀県出身でしたので、ご両親に報告し、こちらでお葬式をあげました。
残念、悲しみで胸が張り裂けそうになり、時間がまったく経過せず、
私の人生の中でたいへんつらい時期でした。
その後震災が起き、ご両親が滋賀に帰る手立てが無く、忘れることの出来ない年です。

寒さ、冷たさというのは人間に過酷な試練を与えます。
父親も部下も寒さ、温度差のために命を失いました。
この試練に打ち勝つ住宅を提供するのが私たちの務めだと思っています。
いつも春と秋の気候なら、住宅性能はそこそこでいい思いますが、
厳しい冬、疲れる夏を乗りきる住宅の必要性を感じます。
数値以上に性能を実感できるのは、ご自身の体験とすでに暮らしている方の感想です。
これから住宅を検討される方は、この二項目を中心に会社選びをされることをお奨めいたします。
私どもの会社では、一日宿泊体験展示場をご用意しています。
家族で調理し、食卓を囲み、お風呂に入り、お休みいただく。
一日だけですが、売り手がいない場所で、
ご家族だけでマイホーム計画を検討することは失敗しない家造りに大切です。
総合住宅展示場ならば、それなりの設備で各社の対比が分かりにくいかもしれません。
一般仕様の家での体験はきっとお役に立つはずです。
今回は試すというテーマで書きました。
いろいろな体験があったため、文章がくどくなりましたことお許し下さい。

平成21年11月12日  手をつなぐ

民主党政権になり、鳩山首相夫妻が海外に行く映像が度々放映され、
お二人が手をつないで、飛行機のタラップを上る姿をよく拝見します。
ものすごく、ほほえましくていいなぁと思います。
首相と私は同じ年齢です。

家内に『鳩山さんのように手をつないで街を歩こうよ。』と言ったら、

即座に『恥ずかしいからイヤッ』と断られました。

『鳩山さんも同じ年代だから、いいやないか。』というと

『鳩山さんは似合うが、私たちには似合わない。育った環境が違う。』

の一言で実現できませんでした。


先日、お世話になっている不動産業者の忘年会が佐賀県の嬉野でありました。
その業者が経営しているホテルで泊り込みの忘年会です。
主催者の不動産業者はご家族全員で参加されます。総勢70人ほどの大きな宴会です。

宴が始まりますと、すぐさまカラオケ大会の様相を呈する、
陽気でにぎやかな、楽しい忘年会です。
カラオケのトップはいつも主催者の奥様が歌われます。
奥様は足を悪くしていますので、立っているのもきついはずなのですが、
座を盛り上げるためにトップバッターを務められるのだと思います。
歌の前に、『主人の仕事を支えてください。』いう主旨の挨拶をされます。
話しぶりや雰囲気で、商売的な挨拶でなく、心の底から言っていることが分かり、
会場から大きな拍手が沸き起こります。

そして、唄う歌は、三船和子の『だんな様』
奥様がご主人を大切に、そして尊敬していることがよく分かります。
歌の途中でご主人が席を立ち、奥様と手をつなぐ。
ご主人の思いやりやかけがえのない人が奥様であることがよく分かります。

ご主人は77歳、奥様もそれなりのお年、
お二人の態度や姿勢に皆、聞きほれます。

すばらしいご夫婦、ベストカップルです。
手をつなぎ、お互いが支えながら仕事を、人生を歩まれてきたのだろう思います。

一人では出来ないことも二人ならできる。
一人なら簡単に諦め、挫折かもするかもしれないが、
同志がいれば頑張れる。
お二人の姿を拝見していて、いつもそのような感情になります。

手をつなぐということと握手は少し感覚が違います。
握手は仲直りをするとか、お互いが激励しあうとか、
期待を託すとかの意味合いが強いと思います。

握手もいいのですが、手をつなぐという方が私は好きです。
お客様と会社が、お客様と社員が、社員同志が、
会社と協力業者の方々が、それぞれ手をつなぐ。

同じ方向を見て、お互いが尊敬、尊重しあいながら、
相手の幸福を夢見ながら手をつなぐ。

こんな風景を観ています。

まずは、私のカミサンに手をつないでもらうように再度お願いしなければなりません。



平成21年10月19日   『 寂 』 という言語

寂寥や寂寞という言葉に代表されるように、寂という言語は寂しさの最上級のように思っていました。
事実それは間違いないと思っています。
先日、新聞で寂という言語には、寂しさという意味のほか、
ゆるぎない心や信念という意味もあるという事を知り、
瀬戸内寂聴さんの出家名の理由が気になりました。

私は瀬戸内晴美さん、寂聴さんの小説はいまだに一冊も読んだことがありません。
近年、寂聴さんが『源氏物語』の訳をされたということは伺っていました。
源氏物語も、光源氏というドンファンな男の恋愛遍歴小説で、
作者が紫式部であるという程度の知識です。当然読んだ事はありません。
その瀬戸内寂聴さんが、源氏物語千年紀のことで、
北九州に来て講演会があるというので拝聴に行きました。

86歳、とても元気、声は艶やか、言語明瞭、内容も明瞭、すばらしく盛り上がった講演会でした。
講演内容は源氏物語。
講演後人生相談的な質問が会場から沢山ありました。
恋の話、不倫の相談、仏教の教え、清と性、崇高と現実・・・
笑いがあったり、考えさせられたり、いっぺんに寂聴ファンになってしまします。
いやはや、とにかく面白かったです。

どの相談にも明快に答えられ、YES、NOをはっきり告げられるので、
質問者もストレスを残さず、納得されたと思います。
この解答の鮮やかさは、寂聴さんが体験したことが基本になっているから説得力があると思いました。
自身も恋愛をし、不倫もしたと言っていました。
それらの経験が人間としてのひとつの完成形を作り、懐の深くて、広い人格を造ったように感じました。
寂聴さんの出家名の理由は、当初、誰にも邪魔されず、邪魔せず、
人の来ない山寺でひとりで静かに余生を送りたい、
閑寂な環境で、物音も立てずに暮らしたい・・・

このような意味を込めて、寂という言葉を選んだと思っていました。
しかし、今はゆるぎない心を持ちたい、
探したいという思いを持ってこの言語を選んだじゃないかと考えています。
あるいは、心が変化して、ゆるぎない精神性に昇華したように思えます。

何歳になっても人間の精神は発達するはずで、
自分自身も寂聴さんをお手本に成長しなければと思いました。

その数日後、北九州美術館に『石山寺の美』を鑑賞に行き、
源氏物語が千年もの間ベストセラーを続けている事実を知り、
紫式部の偉大さに驚きました。
今年の冬休みには、寂聴さんの『源氏物語』を読むつもりです。

平成21年10月5日   ファーストレディ と 歌 と 音楽

鳩山首相が誕生し、国連総会に出席されました。
テレビにも沢山取り上げられ、日本人として少し誇らしい演説もあり、よかったと思います。
鳩山婦人の幸さんも同行され、いろいろな場面での報道もありました。
ファーストレディの幸さんは宝塚音楽学院出身なので、
歌や音楽に関係したニュースも何本かありました。

6月ごろでしたか、天皇陛下、皇后陛下がアメリカ、カナダを訪問され、
皇后様が向こうの養護学校を慰問されていた時のニュースで、
皇后様が歌を歌っているのがありました。
今でも記憶していますが、
『ゆりかごの歌』(題名が合っているかどうか不明です。)を歌われました。

♪ゆーりかごの唄を~
  カナリアが唄うよ
  ね~んねん ね~んねん
  ね~んねこよ~♪

小さな声で、とてもやさしく、慈しみに溢れた歌い方でしたので、非常に印象に残っています。
お顔を少し斜めにして、下の方を見つめ、
その姿が、丁度イエス・キリストを胸に抱いた 聖母マリアの構図に似ていました。
その構図の中で、やさしさと慈しみに溢ちた歌声だったものですから、
まさに『日本の慈母』という感動でした。

ファーストレディになられた幸夫人の歌は、さくらの歌 でした。
宝塚ならば、すみれの歌 なんでしょうが、
アメリカにいる日本人には、やはり桜がぴったりです。
幸夫人は、澄み切った高音のはりのある歌声で、
元気はつらつの印象で、これも記憶に残りました。
内向きで、元気のなさが目立つ日本国ですが、
あれこれ考えず、方向を決めて一直線でやっていけば、
幸運はやってくるよ と幸夫人が言っているようでした。

最後に幸夫人がアメリカのジュリアード音楽大学を訪れたときのニュースも流れました。
音楽大学の学生がピアノ演奏で、幸夫人を歓待している場面です。
その曲が、ショパンの『仔犬のワルツ』でした。
今年の2月から、当社のテレビコマーシャルを放映しています。
レギュラースポンサーは、福岡地方では水曜日の午後8時の『探検 九州』です。
その他、スポット広告も流しています。
このコマーシャルフイルムを作成する時に使った曲が、
ショパンの『仔犬のワルツ』だったのです。

ですから、びっくりしたのです。
たぶん驚いたのは私一人ぐらいではないでしょうか。
フイルムを作るのには高額のお金がかかります。
あれこれ検討した中での選択だったものですから、
まさか同様の音楽がニュースで放映されるなんて・・・・

なんとなく、幸運が舞い込むような気がするニュース番組でした。

平成21年9月14日       政 権 交 代

国家の興亡、企業の盛衰、個人の盛衰に関する事に興味があり、この方面の書籍をよく読みます。
特に古代中国、春秋戦国時代、秦、前漢、後漢、三国時代、
いわゆる中国の故事成語が出来上がった時代の事に興味があります。
その歴史の中で、国家の興亡、人の盛衰が現代にも当てはまっているように思えて、
自分の考え方や人生姿勢の参考にしています。

安岡正篤先生か中村天風先生のどちらが言ったのか記憶が定かでありませんが、
『もし日本国が滅びることがあるとするならば、それは戦争で滅亡するのではなく、
国内の人心の乱れで滅亡する。』と断言していました。
中国の歴史では、戦争によって国家の興亡はおきています。
しかし、それは目に見える形であり、真の実態は国内の人心の乱れ、
特にトップの驕りから始まり、それが近親者や側近に伝染し、
トップ以上の悪政をして、民衆の支持を失い、滅びているようです。
中国では滅亡した時点での実質的施政者は外戚と宦官が多いようです。

外戚とは奥さん方の親戚をさします。
彼らが政治の実権を握った時に滅亡の兆候が表れる。

宦官とは去勢された実務官僚をさします。
去勢されているのですから、従順で信頼がおける、
『自分の飼い犬だ』という認識だったのでしょう。
しかし、去勢と人間の欲は別次元であり、
逆に信頼を自己の保身や権力に利用し悪政を強いたというわけです。
この両者が政治の実権を握るような年代は、国家が腐敗しかかっていることが多く、
だれか正義の味方であるヒーローが出て、庶民感覚の改革をする必要があります。

今回、自民党から民主党に政権交代いたしました。
今の日本国がどのような時代なのか。
民主党政権に変わったのが、良かったのか、悪かったのか歴史の解答を待たねばなりません。
ただ、ニュースなどで見る限り、日本の官僚の一部は税金を国民から預かったという感覚はなく、
自分の金と混同しているようです。
ちょうど日本の官僚が中国の宦官官僚化しているように見え、
良き潮目の交代でなかったかと思ったりしています。